『I don't know his name』
―――最近、相棒はやたらと夜に外出する。
こっそりと夜中に寝台を抜け出し、ぺたぺたと出かけていくのだ。
…そして翌日、何事もなかったように振舞っている。
(この、パートナーであるボッシュ=1/64に、何も言わずに)
……相棒は、まるで何事もなかったように笑い。
また、真夜中に部屋を出て行く。
* * * * *
……ボッシュは寝床の中、目をうっすらと開けて天井を睨んでいた。
何人かのサードレンジャーたちが押し込まれた相部屋の中には、歯軋りやらいびきやら、もしくは安らかな寝息などが満ちている。
ボッシュは軽く目を閉じて、このベッドの下で眠っている相棒の寝息に耳を澄ました。
……彼の寝息はいつも、ひどく静かだ。
まるで、声を殺すように、息を殺すように。
とても、ひっそりと眠る。
「………」
――ぎしっ、とベッドの枠が軋む音がした。
ボッシュはうっすらと目を開けて、耳を澄ませる。
彼のベッド下の住人は、今夜も息を殺してベッドから降りたようだ。
「……」
そして、何か、剣を携えるような音を立てて、部屋から出て行く。
……扉が、閉まる。
「………」
その音を機に、ボッシュはむくりと起き上がった。
「毎晩毎晩……何してるんだかな…?」
そして軽く膝の上で頬杖をつき、相棒が消えていった扉を軽く見やる。
扉は几帳面なリュウらしくきちんと閉められていて、僅かにも開いた様子はなかった。
「……ふん」
ボッシュは軽く舌打ちしてから、枕元に置いてある剣を持ち、ベッドから飛び降りた。
ぎしっ、と彼が着地した拍子に床が大きく軋む。
その音は、静かな室内に大きく響いたが、ボッシュは気にした様子もなく扉の方へと歩いていった。
出る寸前、ふと相棒のベッドを確認する。
軽く触れてみると、そこは寝汗か何かでじっとりと濡れていた。
「……」
ボッシュは気持ち悪そうにそれを振り払い、眉を寄せて部屋を出る。
―――相棒が真夜中、部屋を出ようとする理由。
それを知りたいと思ったことに、特別大きなわけはない。
ただ、仮にも「相棒」である自分に、隠し事をして平気で振舞える。
そんなリュウの姿を、ひどく腹立たしく思ったのだ。
(この俺に隠し事をしようなんて。……いい度胸じゃないか、ローディー)
ボッシュは冷え切った空気の中、剣帯に武器をぶら下げる。
リュウがどこに行ったのかは、もう背中が見えなくなっていたので分からない。
だが、この狭いレンジャー宿舎の中にしても外にしても……彼が行きそうなところは限られている。
ボッシュは堂々とした足取りで、まっすぐに外に向かって歩いていった。
巨大な天井に覆われた……出口のない『外』へ向かって。
* * * * *
夜中だろうと、昼間だろうと、外は何一つ頓着せずに薄暗い。
冷ややかな空気も、昼間と一切変わることはない。
照明の光量は少々絞られているものの、世界は何ら昼と変わることない姿を見せている。
「……」
ボッシュは無造作な足取りで、宿舎の裏に足を踏み入れた。
―――そこに彼の相棒はいた。
(……いきなり正解、か)
単純なヤツ、とボッシュは肩をすくめ、彼に気づいた様子もなく、ただぼんやりしている相棒を眺めた。
宿舎の裏には、使えなくなったディクや、街中で暴走したディクなどの残骸が転がっている。
街中にあるダストシュートまで行くのが億劫なのが、それとも醜悪なオブジェのつもりなのか。
初めてコレを見たとき、ボッシュはひどくうんざりした覚えがある。
そして、彼の相棒は。
『……』
ただただ、息を呑んで立ち尽くしていた。
言葉もなく、呆然と。
……もう行くぞ、とボッシュが声をかけるまで、彼は黙りこくったまま、動かなかった。
憐れみか、それとも哀しみか。
彼はどちらともつかぬ表情で、その残骸を見つめていた。
そして、今も彼は黙って立ち尽くしている。
剣を手に持って、ぼんやりと宙を見つめて。
……まるで、この残骸たちは全て彼が斬り捨てたかのように。
「リュウ」
ボッシュは、よく通る声で彼の相棒の名を呼んだ。
―――静寂を通して。
……ディクたちの残骸を飛び越えて。
ボッシュの呼び声は、リュウのもとまで、軽々と届く。
「……」
リュウはのろのろと振り返って、ボッシュを困ったように眺めた。
「ボッシュ…どうしたの、こんな真夜中に?」
その、どこか的外れな台詞にボッシュは大きく舌打ちする。
それはこっちの台詞だ、とわざわざ言うことも腹立たしく。
……彼はとりあえず、一歩足を踏み出した。
彼の相棒に、理由を問いただすために。
――何故、この自分に秘密などを持ったのか。
それを、問いただすために。
大慌て…!!